母の日の由来って何?発祥はアメリカからって知ってた?

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母の日とは、日ごろの母親の苦労を労り、母への感謝を示す日です。

日本だけじゃなく、世界の多くの国で母の日が制定されているそうです。

母の日の実際の日付については、国によっても違いがあるようです。

例えば、日本やアメリカでは、毎年5月の第2日曜日に祝うことになっています。

 

この日を母の日と定めている国はオーストラリアなどの一部の国。

イギリス、アイルランドでは日本より少し早い3月に母の日をお祝いします。

スペインでは5月の第1日曜日、

北欧のスウェーデンやフランスでは5月の最後の日曜日。

ですが、キリスト教の精霊降臨の日と重なることがあるので、

その場合は、6月の第一日曜日となります。

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なお、母の日を冬にお祝いをする国もあります。

1年のうちで一番早く母の日がくるミャンマーは1月の満月の日。

逆に一年で一番遅いのが1222日にお祝いをするインドネシアです。

国によって由来も違うようです。

 

イギリスやアイルランドでは、仕事のための奉公に出された子供たちが、

年に一度だけ教会で母親に面会できる機会として、

復活祭の前の祝日を、母の日として祝ったのが始まりとされています。

日本の母の日の由来は、意外と知られていないのですが、

アメリカ発祥といわれています。

それではまず、アメリカで母の日が

制定されることとなった由来を調べてみましょう。

 

アメリカで母の日が制定された由来

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時はさかのぼること1870年のアメリカ。

南北戦争(1861-1865)終結から5年たったとき、

女性参政権を求めて活動していたジュリア・ウォード・ハウという活動家が、

もう二度と夫や子どもを悲惨な戦場へ送るのは拒否しようじゃないか!

と立ち上がって、「母の日宣言」(Mother’s Day Proclamationを行ったのが

始まりだったそうです。

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実はこれは、南北戦争中に、アン・ジャービスという人が、

南北戦争が激しさを増していたウェストバージニア州で、

敵味方問わず負傷兵の衛生状態をよくするために

地域の女性が力を合わせようと、「母の仕事の日」を作ろうとした。

それにヒントを得た活動なのだそうです。

残念ながら、当時は、どちらもあまり広まることはなかったようですが、

この最初の一歩が母の日の制定に繋がっていったのです。

 

アン・ジャービスの死後2年が経った1907512日、

娘のアンナが、亡き母親を偲び、

母が日曜学校の教師をしていた教会でミサを行い、

そこで霊前に白いカーネーションを手向けたことが伝えられています。

 

これに感動した人々が、母を思いやる日の大切さを認識し、

1908510日に、その協会に500名近い生徒と母親達が集まり、

アンナは参加者全員に、白いカーネーションを手渡したとされています。

これが白いカーネーションが母の日のシンボルとなった理由です。

 

その後アンナは、存命する母親がいる人は赤いカーネーションを自分の胸につけ、

なくした人は白いカーネーションをつけることを提案。

それが時代を経て、母親にカーネーションを贈る習慣へと

変わっていったといわれています。

 

母の日に贈るものあれこれ

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ちなみになぜカーネーションなのか?

という疑問もあるかと思いますので、簡単に解説しますと、

これはキリスト教で、十字架を背負ったイエス・キリストを見送った

聖母マリアの涙の跡に、

白いカーネーションが咲いたという伝説があることに由来します。

 

白いカーネーションはマリアの涙で、

赤いカーネーションはキリストの血や復活を象徴する存在とされています。

 

しかし、国が違うと、贈るものの意味も違います。

驚くことに、フランスでは、カーネーションを贈るのは葬式のとき。

母の日では思い思いのプレゼントを贈るのだそうです。

これは気を付けないと大変なことになりそうですね。。。

 

また、オーストラリアでは、母の日に菊の花を贈るのが習わし。

なぜかというと、英語で菊属のことをChrysanthemumと言うため。

よく最後を見てみると、確かにmumとなっていますね。

これはなかなか興味深い話です。

日本だったら葬儀の時に贈る花が、

南半球の国では母への感謝のしるしなんですね。

 

日本ではいつから?

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日本に母の日が伝わったのは大正時代。

青山学院大学教授のアレクサンダー女史によって

紹介されたといわれています。

1931年(昭和6年)には、当時の皇后様の誕生日である36日が母の日と制定。

戦後になり、アメリカの故事にならい、

5月第2日曜日が母の日であると定められました。

 

母の日がまだ一般に知られていなかった1937(昭和12)年。

アメリカで始まった、この心温まるこの行事を日本でも広めようと、

森永製菓では「森永母を讃える会」をつくり、

関係諸団体と協力して全国的に大規模な普及活動を展開。

 

それが日本の母の日に繋がっています。

ちなみに、日本では、母の日に送るカーネーションといえば、

赤色と決まっていますが、当初は赤と白で区別していたそうです。

 

しかし、色を区別することで、傷ついてしまう子供たちがいることとか、

養母に育てられた子供の気持ちを考えようという声が出てきたため、

母の日のカーネーションは赤色にするという、

日本ならではの風習になっていったのです。

日本で一般化したのは1950年代に入ってからになります。

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